他人本意で生きている ということ

自分の意志で考えている、決めているようで
その実、他人本意で生きている。

そういう属性の人がいる。

自分でしっかり考えているようで
実は「相手に合わせている」のである。

自分が相手に合わせていると言う前提なので
相手も自分に合わせてくれるという前提もある。

基準が自分では無い。他人。

周りから見たらこうだから。

あの人がああ言ってくれたから。

そんな事を 自分の意志で決定したかのように
すり替えてしまうのだ。

そして、思考を放棄する。

自分で感じることができなくなる。

自分で決めると言うことができなくなる。

そして、自分の人生をも 放棄するのだ。

—–

ちょっとチャネリングしながらの文章なので、語尾が硬いですが。

この文章の中にある「他人本意の人」は
自分の意見が無いのではありません。

ちゃんと、自分がこうしたい・ああしたいというのはあります。

しかし、その意見が 他人の基準や顔色に左右されているのです。

そして 「 自分の意志で 決定する 」という事が出来ません。

それは、周囲の顔色を見ているから。

自分がどうしたいのか、解らないから。

自分の心の声を聞かないから。

ですが、人生とは自分の為にあるもの。

あなたが何をしたいか。どう生きてゆきたいのか。

感じるのは あなたの心。

それしか無いのです。

どう感じても、考えても それは自由。

しかし、行動するのも あなたしかいない。

自分を全うするために、自分として生きていくために、

心の声をしっかり聞けているか。

しっかり心に向き合っていくのです。

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薔薇の魔法師・サイキックミディアム
奄海るか

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