センスや才能が無いからと嘆いても、それじゃ何も変わらない。

センスや才能がある人に 衝撃を受けたり、打ちのめされたり、圧倒されたり。

そういった事って、よくあるよね。

そやけど、自分には才能が無いから・センスが無いから・あの人はスゴイから・・・

そんな 「出来ないって言い訳」 自分にしてるうちはアカンわ。

私は特に文才が無い。ホンマに無い。

書くことが元々苦手ってのもあって、余計にしんどい。

本を読むのは好きだけど、別に感想とか無いし

テストによくある 「作者はどのような気持ちでこれを書いたでしょう」なんて質問には

「知らんがな」 心の底から思っていた。

だけど今年に入って 「読んでくれている人に向かって書く」 というのがどういう事か。

少々理解と合点がいくようになった。

そうなると、書かねば! 書きたい! と思う気持ちが生まれてきて とりあえず書く。

だけど仕上がった文章は とてつもなく平凡でダラダラした言葉が並んでいるように感じてしまう。

これではアカンやろ!!

お前は誰に伝えたいんや!!??

これで伝わるんか??

そんな風に自問自答をしている時に、文章が上手な人・読ませる文章の人のブログやSNSの投稿を見てしまうと、本当に打ちのめされる。落ち込む。

何でこんなに自分にはセンスや才能が無いんだ!!! って。

でもここで、打ちのめされてても しょうがないし、意味もない。

意味があるとするなら、ただの自己憐憫だ。

自分には才能が無い。

だからこそ、行動せんとあかん。

トレーニングして、自分を鍛えんとあかん。

出来へんもん、って言うのは簡単。

だけどそれって、単に甘えやんか。自分に対しての。

それは怠慢でしか無い。

そんな事に気づいたのですよ。

言い訳しているうちは、多分楽な方へ 逃げ道を無意識に探してるんや。

才能の無さに悔しい思いをしようとも、自分を嘆いている時間が勿体無い。

なので、私は書く。

これからも書いていく。

私の書く言葉で、自分の心に気づく人もいるだろう。

そんな皆に届けるために、書いていく。

書くこともコミュニケーションだということに気づいたから。

嘆いている時間があるなら、自分に今出来ることを 少しでもやってみよう。

それが変わっていくキッカケの一つ、気付きを生むかも知れないのだから。

そしてそれは、未来を変えていく事に繋がるのだから。

薔薇の魔法師・サイキックミディアム 奄海るか
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